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10.音楽の時間
「音楽の時間」 土屋 真穂
プロフィール
堤道雄氏主催「真理の会」(現、「独立伝道会」)の
バイブルキャンプで子供時代の信仰を育てていただく。聖グレゴリオの家宗教音楽研究所 専攻科卒業。現在、『季刊 無教会』編集委員、公益財団法人登戸学寮 評議員、無教会全国集会準備委員。 大阪芸術大学(通信)在学中。 1. はじめに 「賛美の時間」では、基督教独立学園卒業生の上村篤子氏(バイオリン)と、土屋真穂(ピアノ・リードオルガン)で賛美を中心とした音楽を通して、祈りや信仰、真理について味わうひと時をもった。「賛美は祈りである」という聖アウグスティヌスの言葉がある。聖書で語られる御言葉を伝えるために、祈りをもって、旋律を作り歌詞を作った音楽家たちの作品が数多くあるが、その中から、今回は2つのテーマに沿ってプログラムを作った。1つは、全国集会のテーマでもある「真理への道」。そして2つ目は、ちょうど教会暦の「死者の日」(日本でいうお彼岸)にあたるので、復活の希望を抱いて天に召された大切な方々を覚えた曲の構成で行った。 2. コレッリ 「ソナタ No.6 イ長調、Op.5」 アルカンジェロ・コレッリはイタリアの作曲家で、バイオリンの名手であっただけでなく、当時から作曲家や指揮者としても活躍しており、教会ソナタという器楽形式を確立した。後に続くバッハやヘンデル、ヴィヴァルディなどにも深く受け継がれている。コレッリの音楽は、派手な技巧ではなく、内面の静けさと、調和が息づいており、祈りと喜び、沈黙と光が交差するようなイタリア・バロックである。そのようなコレッリが、1700年に生涯の集大成として出版した12曲のヴァイオリン・ソナタ集から6番イ長調の第1楽章と第2楽章を演奏した。第1楽章Graveでは、静かで厳かな旋律を奏でるヴァイオリンを、伴奏の低音が支える姿は、まるで信仰と慰めの対話のようだと言われている。続く第2楽章Allegroは、躍動感のあるリズムと軽やかな対話が展開し、生命力に満ちる1曲となっている。 3. フォーレ 「ピエ・イエズ」(レクイエムより) 三大レクイエムの1つと言われているガブリエル・フォーレの「レクイエム」の1曲である。「レクイエム」という言葉は、カトリックの「死者のためのミサ」というお葬式のミサで歌われるグレゴリオ聖歌の冒頭(入祭唱)の言葉から取られている。「Requiem aeternam dona eis Domine, et lux perpetua luceat eis.(主よ、永遠の安息を彼らに与え、絶えざる光を彼らの上に照らしたまえ)」という歌詞の冒頭が「レクイエム」というラテン語から始まるため、通称「レクイエム」と呼ばれ、様々な作曲家が曲のタイトルとした。フォーレが、このミサ曲を作ったのは、1887年のことであった。前年に父を亡くしたことをきっかけに作曲をはじめ、曲が完成して初演のために準備をしている際に次いで母が亡くなるという経緯を経て、1888年1月に初演を迎えた。「ピエイエズ」の歌詞は、「主よ、優しきイエスよ、彼らに安息を与えたまえ。彼らに永遠の安息を与えたまえ」という短い言葉を何度も繰り返す。語りかけるような旋律と、まるで天国かと思わせるような伴奏は、フォーレにとって最愛の父の魂が安らかであるよう祈った想いが表れている。 4. J.S.Bach「目覚めよと呼ぶ声あり」 BWV645 17世紀に活躍したヨハン・セバスティアン・バッハによるコラール変奏曲、「目覚めよと呼ぶ声あり」は、非常に有名な曲である。
元となったコラールは、マタイ25章「十人の乙女」のたとえの一節にある「目を覚ましていなさい」から歌詞が取られている。
2020年、新型コロナウィルスが流行した際に、このコラールがにわかに脚光を浴びた。
1597年、この曲の作詞作曲をした牧師のフィリップ・ニコライ(1556-1608)が住む人口5000人ほどの街にペストが襲い、半年の間に1500人もの人が感染して亡くなるということが起こった。ニコライは、多い日に一日30人もの死者を自身の教会の庭にある墓地に埋葬し、あたりには死の匂いが満ちていたという。
次に誰が感染するのかと恐怖に怯え、まさにこの世の破局ともいえる絶望的な事態の中で、「目覚めていなさい、花婿が到来するからランプを手にもって、グロリアと賛美をうたいながら迎えに出よう。
天国の宴があなたたちを待っている」というマタイの聖句を引用したコラールの歌詞が、市民を大いに励ました。
現在、コロナは落ち着いたが、世界に目を向けると戦争や紛争、気候変動による大きな災害、フクシマの現実、政治家の汚職など、真理や希望はどこにあるのかと嘆きたくなる。
けれど、「目を覚ましていなさい」という御言葉のように、その日その時は知らない私たちだからこそ、日々祈り、御言葉に聞き従い希望を失わないことが大切であると思わされる。5. 今井館のオルガンについての話 今井館には2台のリードオルガンがある。1台は独立学園高校で長く書道の教員をしていた桝本楳子氏による寄贈の1912年製Nishikawa & son.である。もう1台は独立伝道をしていた政池仁氏による寄贈の1929年製YAMAHAである。西川オルガン製作所は、有名なオルガン工房であり、ご子息とお弟子さんと共にオルガン製作をしていた。お弟子さんを息子同様に可愛がっていたため、Nishikawa & sons.というようにsonを複数形のsons.としていた時代が長く続いた。お弟子さんが独立して去ってしまった後は、このsonsの複数形が単数系のsonとなったそうで、今井館にあるリードオルガンはson.という単数形で書かれた貴重なものである。やがて西川オルガン製作所は、そのままYAMAHAと合併吸収されたため、今井館にあるこのリードオルガンは西川オルガン製作所の手によって製作されたものであることが分かっている。また、柏木の今井館聖書講堂で、内村鑑三が聖書講義をしていた時代に用いられたリードオルガンは、国立音大の資料館が所蔵している。 6. ベーム コラール変奏曲「ああ、いかにむなしく、はかないか」 ベームは17世紀の北ドイツの作曲家である。バッハは、15歳の時にベームと出会い、大きな影響を受けた。この曲はコラールの変奏曲であり、コラールの歌詞は、「人間の命は、なんとはかなく、むなしいか。あたかも霧がすぐに生まれ、消え去っていくように、私たちの人生もそのようなものだ」という17世紀初頭に中部ドイツで生まれたフランクによって作られたものである。この時代は、30年戦争の傷跡が色濃く残り、ペストも蔓延する中で、「生と死」「快楽と隱棲の追求」「世の無常さ」が音楽にも現れた時代とも言える。言葉遊びが用いられており、歌詞の中にドイツ語の霧「Nebel」という言葉があるが、反対から読むと「Leben(命、人生)」となる。ここから、人生は霧のようだと例え作詞をしている。 7. 土屋真穂 「Meditation-Requiem aeternam-」 オルガンを始めた頃から礼拝奏楽曲を作ってみたいという夢があったが、どのように作れば良いのかわからなかった。教会音楽を学ぶ中で、数多くの有名な作曲の方たちが聖書の御言葉から力を得て曲が生まれていることを知り、祈りと信仰から生まれる音楽の美しさに触れた。人の命が生まれる時と亡くなる時に、神様の力や聖霊の力が特に働くと、約20年前の全国集会で小舘美彦さんが話していたのが強く印象に残っている。生や死を通して、私たちは信仰が深められており、特に死については、神を信じていても信じていなくても神様の愛の中で救われるということを自分の音楽の師(故 橋本周子先生)を通して学んだ。 「死者の日」の今日、天に召された大切な方々の魂が平安であるよう祈りながら聞いていただきたい。 8. バイオリンとリードオルガンによる賛美歌メドレー (時間の関係上、実際は解説なしで演奏) 讃美歌452番「ただしく清くあらまし」は、ハワード・ウォルター作詞で、伝道師のジョセフ・ピークがウォルターの詩に感銘を受けて、その場で口笛で旋律を作ったと言われている。讃美歌312番「いつくしみ深き」は、アイルランドのジョセフ・スクライヴェンによる詩である。彼は、結婚間近の婚約者を、病気と事故とで2度失うという辛い経験の中、さらに自分の母が病気になり、母を励ますためにも、無償の愛を歌詞に込めた。讃美歌2編191番「主のまことはくしきかな」は、牧師であり教師でもあったトーマス・オバデヤによる詩による賛美歌である。彼は、病弱という以外には、特段大きな人生の出来事があったわけではないが、静かな、ある意味平凡とも言える歩みの中で、1000以上の詩を書いた。この賛美歌は哀歌3章22節をモチーフにしていおり、「主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たなる。あなたの真実はそれほど深い」と歌う。 9. 最後に 賛美は祈りであり、御言葉であり、礼拝において聖書やメッセージと共に車の両輪である。 新しい歌を主に向かって歌い、主による交わりと希望を持って歩んでいただければ幸いである。 ![]()
無教会全国集会 2025 音楽の時間プログラム PDF
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