11.分科会


Bグループ(第2・3集会室)

司会 小舘 知子

*発言者の氏名はプライバシー保護の観点から、イニシアルとさせていただきました。
*講演者と準備委員の氏名は、そのまま記させていただきました。
*司会者の氏名も上記にそのまま記させていただきました。
*録音音声の不具合のため聞き取れない箇所があり、省略や要約を余儀なくされた箇所があります。 ご了承ください。

1.自己紹介と感想
「今回のテーマである「真理と破局の中の希望」は重要なテーマで、全体を通して良い話を聞けた。この場が希望につながっていくと良いと思いました。」
「2018年から参加しています。水道橋で行われた全国集会にも参加しました。それまでは一人で信仰を守っていました。無教会の集会があるのか電話帳で調べ、待晨集会や経堂集会、今井館などを見つけました。待晨集会は学生の頃に一度行ったことがあった。清瀬の岩島先生のところに通っていました。就職して集会を離れ、一人で信仰を守ってきました。今回は、共同の賛美ができて嬉しかった。清瀬集会の夏季集会(那須)で聞いた話、“天国の前味”を味合わせてもらえました。」
「全国集会には昔から来て、参加することが空気のように当たり前になっていました。小学校5年生から待晨集会の日曜学校に参加し、酒枝先生にお世話になった。家庭集会にも参加した。その先生が全国集会に参加するので、自分も参加しました。山崎製パンで全国集会が行われた頃から、自分の意思で参加するようになりました。」
「今回は会の中でバイオリンを弾かせてもらいました。学園で高校時代を過ごし、卒業後はルーテル教会に通っていたが、就職してキリスト教から離れていた。今回の集会では、見ないようにしてきた不安を見たり、信仰を考える機会となりました。」
Fk「横浜集会所属。全国集会も割りと参加しています。今日、たくさんの話を聞いてまだ整理されていないが、若い人が活躍してくださっているのが嬉しい。ただ、話すスピードが速いと感じました。」
Fs「石原兵永先生の集会に参加していました。今は、親のことで色々とあり、横浜集会に参加しています。全国集会初日のプログラムは、原稿を読みながら聞くだけでは頭がついていかなかった。早口だと理解できない。話によっては、本題である真理から離れている感じがしました。今、集会の人が少なく、横浜集会の平均年齢は80歳を超えています。どこに行ってもそんな感じで、若い人は来てくれません。どうしてか。そこをどうしたら良いか考えないといけないと思います。」
飯田「25歳の時に山形の蔵王の聖書集会で政池先生と出会い、その後先生の弟子である堤先生の横浜集会に出席しました。現在87歳で、健康も保たれている。全国集会の集まりは、普段は蛸壺のようになり各地に散らばっている無教会の人が集まって、顔見知りになって、またそれぞれの集会へ別れていくという会としてスタートしました。初期の頃、300人から500人の参加者がいて、人数が多かった。堤先生は、難しい話をするのはよくない、神学論争はすべきではないと言っていました。しかし難しかった。それで、分かったふりをしているのは良くないと思い、参加した後で色々な本を読んで学びなおしました。良心的軍事費のことなど実践的な行動を学びました。無教会だけでなくオオノミチオさんなど実践をされていた。」
「初めて参加しました。未熟な自称キリスト者。両親はプロテスタントの教会員で、家で聖書研究会もしていた。母が高齢になって、自分が車で教会へ送り迎えを担当するようになり、そのまま後ろの席に座って礼拝を聞くようになり、10年以上通っています。イエス様の話は心に残る。以前は、ヨーロッパの歴史と照らし合わせて、知的興味で聖書を読んでいた。母が10年前に亡くなったが、土曜日になると何となく心がソワソワして、日曜日になると教会に行くようになりました。でも信仰について煮え切らない自分がいる。仕事が定年になって時間ができて、洗礼を受けようかと思い、勉強会に参加したが1〜2日目で脱落しました。天地創造を信じるかという問いに、素直に信じると言えなかった。無限者が有限者に話かけるのは例え話だと思うので、「はい」と言えなかった。無教会にも関心があり、ホームページで知って参加しました。
矢内原さんを読んでいるとスッキリする。教会の先生の話より、ルターのように聖書のみ信仰のみで、聖書を読んで神様に近づくことが大事だと思います。」
小林「50代半ばを過ぎてからは、人生の懐疑の森。3.11の死者たちの会話を想っている時に、内村を知った。そこから内村の本を読み、内村について書くようになった。土に水が染みるように、内村の言葉を受け取りました。」
坂内「学生時代結核になり、サナトリウムに入りました。マルクス全盛時代だった。図書室に塚本虎二の『聖書の知識』があった。「神は愛なり」という言葉がジーンときた。その後、登戸学寮で信仰を得ました。現在91歳です。」
「戦後の貧しい時代に子ども時代を過ごしました。貧しさと社会不正がありました。『人生手帳』という青少年向きの本があった。10代後半を狙った本が話題になりうる時代で、『次郎物語』『やまびこ学校』などを読みました。山上の垂訓を読んだが、覚えやすい口調に感動し、そこに立って生きようと思いました。ヘブル書を通して、自分は正しいものだと錯覚していたことに気がついた。その後、弾圧を受けたホーリネスの教会に所属し、清貧やマルクス主義の人に感動しました。信仰でどう生きるかを迷い挫折していたころ、無教会に誘われて、北海道の浅見仙作先生のところに行き札幌集会に所属しました。西村秀夫先生が戻ってきたので、集会開催をお願いしました。自分を先生と呼ばないなら集会をする、と言われて集会を始めた。」
「北九州在住。全国集会は2022年からオンラインで参加し、2024年は午前中のみ会場に来ていた。リアルでフル参加するのは初めて。逗子に実家があり半月前後は滞在、3年前に母が亡くなったので、家の片付けなどをするために来ています。大学で教えていた90年代の中頃から、演習科目で内村鑑三を読む講義を始めました。学生から、難しくて読めないと言われ旧約聖書を読むとした。新約や聖書の解釈を持ち込まずに報告することを学生に課した。新約が大きな基盤となっているのはわかるが、時代の関連とともに考えることが大事だと考えたからです。キリスト教を知らなくても、何か通じることがあるのではないかと。しかし、うまくはいきませんでした。
司会「春風学寮の寮で寮母をしています。理事長は、千葉 雄さんのお父さんの千葉 眞さん。中村先生の話が響いた。「問うこと」が最近気になっていた。何か問いを持つことで探っていって真理を見出そうとするけれど、私たちがなすべきことは、神様のことを把握しようとすることなのか?と思っていたからです。」
土屋(真穂)「両親や祖父母が無教会の集会に参加しており、子ども時代から身近に無教会の信仰がありました。すべてのプログラムが素晴らしく、大きな恵みをいただきました。」


2.自由討論
飯田「O先生に伺いたい。娘が恵泉でお世話になりました。恵泉がなくなると聞いたのですが。」
「短期大学がなくなり、今後は学部もなくなる方向に向かっています。河合 道は戦争と平和に苦しんだ人で、女性たちに平和を願う力、分析する力があれば戦争はなくなると思い、恵泉を作りました。教育基本法ができたとき、そのメンバーの女性は一人でした。良い教育をすれば学生が集まるというのは真理だが、それだけでは学生は集まりません。園芸を短大でやっているのは恵泉だけ。四年制大学で農学部を卒業した人が、恵泉短期大学に希望した人もいました。学部時代は畑に出て行かず、シミュレーションだけだったが恵泉では実際に土を耕しているから希望したと話してくれました。大学を立て直そうとして、アメリカへ視察旅行に行ったが、どこを見ても恵泉は引けを取らないと思いました。心理療法に園芸を取り入れる国際大会を恵泉で実施した際、アメリカから来た専門家が、作物の違いを測れるこんな良い場所(ロケーション)はないと言いました。それでもなくなってしまう。残念です。」
「自分も農業学部出身。園芸が悪いのではなく、女子大学自体がなくなっています。教育が悪かったわけではない。時代の流れだと思います。園芸やキリスト教が悪いわけではない。機会があって再生できることを願います。」
「Fsさんのお父様など、無教会の先生方が集会に訪ねて来てくださっていた。Iさんという死刑囚の教誨師をしていた方もきてました。昔、一度だけ死刑執行時間を聞いたことがあった。
その時間を覚えて祈ってくださいと言われ、その時間に祈ったことを今でも覚えている。」
Fs「父は、刑務所などに伝道へ行っており、『求道』という雑誌を出していました。机を叩いたり、厳しいように見えていたらしいが、自分はあまりそのような場面を知りません。」
小林「ガンジーの抵抗、すなわち無抵抗主義という戦いは、安易ではありません。暴力と権力に対して、愛の法則による激しい強い戦いです。暴力を認めてしまうと、戦いになり、堕落になる。非戦論を唱えた内村は、神は愛であると分かっていました。そしてこの愛は再臨へとつながっていく。過去から続き未来に繋がり、全ての人が救われ、全ての人に完了進行形としての希望となる。完了進行形は未来の形を含んでいる。未来と愛のないものは堕落すると思います。」
司会「嘘も暴力の一種ですよね。」
小林「嘘は暴力であり、権力が暴力になる。完了進行形は、ドストエフスキーの作品の中にもあります。いかなる真実があっても、それよりもキリストによることを選ぶことがたいせつです。」
「ガンジーの非暴力運動は世界中にある。」
坂内「今は教会も無教会も若者が減っている。信仰を伝えていくことが問題。」
千葉「難しいテーマですが、無教会も教会も、若い人が来ないのは同じ。聖書の言葉やドストエフスキーにもあるが、そこに真理があるから言葉が宿る。神様が信仰を与えてくださるので、信徒の数ではなく、場が大事である。無教会は、書籍や集会を通して「言葉」が残っているから、きっと神様が用いてくださると思います。」
「ドストエフスキーは終末や再臨についてなにか書いていますか?終末や再臨に関する作品はないのでしょうか。」
小林「破局と終末は別。終末=救済です。未来、現在においても終末の中に悔い改めがあり、救済がある。これらを区別しないと絶望だけを重視してしまうことになりがちです。」
「イザヤ書を読んでいると、終末論ではあるが希望を預言者が語っています。神が救いをもたらしてくれるというメッセージが通底しています。」
小林「『カラマーゾフの兄弟』には、罪があるけれど喜びの中にいるという言葉が流れています。トルストイも同じ。何か、絶望が希望に結びつくのではなく、救済は救済。絶望を分析するが、最後に希望。絶望が深まると希望があるのではなく、信仰が最初からあって希望となる。懐疑の中にあっても、希望を見るのです。」

3.初めて全国集会に参加した方の感想
「若者は希望を求めている。それが提供される場がない。自分は本を読んだり、読書会などで希望を持ちました。ヒルティ『幸福論』実践論は、若者にわかりやすく書いてあります。学生は本を読んでいないので、どこに光があるのか見えない理由はそこでないか。」
「(全体討論での)Mさんの質問。無教会が偏っているのでないかと言っていた。司会者の答えは、色々あるのが無教会と答えた。それが無教会の良いところだと思った。隠れクリスチャンで、神様の復活は信じていないが、ここにいてもいいと思いました。今はどこの教会にも若い人が来ない。無教会の良いところは、教会のような組織に縛られたり、右や左に縛られない自由があるところです。それを伝えたら若い人たちも来るのではないでしょうか。無教会という名前だけだと、普通の人にはどんな組織なのかわからない。教会がないのか、教会アンチなのかと思い、隔たりができているのではないか。「組織のない教会」、「自由なキリストの集まり」など、「無」の良さを別の言葉で置き換えたら、若い人は来るのではないでしょうか。」
「ヒルティを祖父に勧められて読んだことを思い出しました。普段、なぜ教会に行かないかと考えたとき、教会に行くと若い人が少なくて役割が多く、責任が重くなっていく。母の世代だと信徒が多くて仲間がいた。数が減って、大変になっていく。信仰については、子どもの頃や学生時代に教わったことは今も残っている。定期的に行っていなくても、時々こういった会に来たり、何かのきっかけで、求めていたものが結びついて再スタートする気がします。」
「有意義な会だと思いました。札幌農学校では輪番制でメッセージを話したというが、こういう感じかなと思いました。この会では、今の問題意識の中での議論や神様を語るということがなされていて、安心感があった。思い込みかもしれないが、信仰は「イエスは神の子である、イエスは救世主である、十字架のイエス」という3つを心に留めながら議論をすることが大事であると思う。今の若者は色々な悩みを抱えていても、自分を表現することができない。けれど、心の中に思いはある。自分の頃は、引きこもりやいじめられることが誇りであるような時代だったので、対話以外の表現者として意見をぶつけ合う学生時代を過ごしました。この会のような思想の格闘の場を作っていけば、自分の心に宿る言葉を持つ人が生まれてくるのではないでしょうか。」
(文責 小舘)